フランス料理が好き
- 東浦弘樹
- 2016年5月13日
- 読了時間: 3分
私はフランス料理が好きだ。
もともと食いしん坊なのだろう、食べることが好きで、寿司も好きだし、ステーキも好き。すき焼きやしゃぶしゃぶも好き。中華もイタ飯も韓国料理も好き。ひところはやったエスニック料理も悪くない。関西人の常として、タコ焼きやお好み焼きも大好物だ。だが、いざ外に食事にいくとなると、なによりまずフランス料理に目がいく。
私が初めてフランス料理らしいフランス料理を食べたのは、忘れもしない一九八六年八月、フランス・アミアンに留学中のことである。夏に大学時代の友人が休暇をとってパリに遊びに来た。この機会に噂に聞くトゥール・ダルジャンの鴨を食べたいと言うので、ホテルのフロントに予約を頼み、パリ見物に出かけた。夕方、ホテルに戻ると、トゥール・ダルジャンは満席だったので、別のレストランを予約したとのこと。少しがっかりしたが、気をとりなおし、われわれはブーローニュの森の中にあるレストラン、プレ・カトランに出かけた。
テーブルにつくと、給仕長が大きなメニューを手渡しながら、奇妙なことを言う。「シェフが申しますに、日本人のお客さまには、手を動かしていただきたくないとのことでございます」。一瞬、何のことかわからなかったが、要するに、メニューには書いていないが、おすすめのコースがあるので、そちらにしてはどうかということらしかった。初めてフランスの星付きのレストランに来たわれわれのこと、正直、何を注文すればいいのかわからない。おすすめがあるならそれにしようと、一応、値段だけは確認して注文した。
結果から言うと、これが大正解だった。このとき食べた鴨と果物のグラタンは、いまでも忘れられない。特に果物のグラタンは逸品で、イチゴやフランボワーズなど赤い果実にたっぷりカスタードのソースがかかっている――というか、果物がカスタードの中で泳いでいるという感じで、ごく短い時間オーブンで焼いたのをそのまますぐにテーブルに持って来たのだろう、果物には火は通っていないが、全体は火傷しそうなほど熱く、表面には焦げ目がついており、その上にアイスクリームが乗っている。熱いカスタードソースと少し酸味のある果物、冷たいアイスクリームが口の中で合わさり、こんな食べ物がこの世にあるのかと、目からウロコが落ちる思いがした。
それ以来、私はどのレストランへ行っても、メニューに果物のグラタンがあると必ず注文するようになった。だが、プレ・カトランで味わったようなグラタンには、残念ながらおめにかかったことがない。その後アルページュという店で食べたキャラメルのミルフイユと、このプレ・カトランの果物のグラタンは、私がこれまでに食べたデザートの双璧と言えよう。初めてフレンチレストランらしいフレンチレストランを訪れた際に、そのようなデザートと出会えた私は幸運だった。こうして私はフランス料理の虜になったのである。
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